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28年度の低所得者は受け取れない給付金

今回の年金生活者等支援臨時給付金(3万円)の対象となる要件は、前回平成27年度臨時福祉給付金の対象者であることでした。

市内の対象者は6000人との説明が3月補正予算の説明の際にされていました
つまり、この1年で経済状況が変化し困窮することになった方が、例え28年度1月1日時点で住民税非課税であってもこれは支給されないということにあなります。 続きを読む

3万円を配ります

金曜日は、補正予算の採決でした。

臨時福祉給付金事業経費2億2700万円
表向きには、国の賃金引き上げの恩恵がとどきにくい年金生活者等支援・・・として、対象者に3万円ずつ給付するという事業。
対象者は市内で7000人

財源は全て国庫補助金ですが、国の1月補正なので年度内には間に合わず、この経費は全額来年に繰越して4月からの実施です。
6月までに配ってほしい」という国からの要請だそうです。
あからさまですね。

夏の選挙対策としてバラマキ事業をしたいという都合など知ったことではありません。他に6月までにしなきゃいけない合理的な理由があるのでしょうか。国の賃金引き上げの恩恵がとどきにくいのは年金生活者だけではありませんよ。

(追記:しかもこの1年で経済状況が変化し困窮することになった方が、例え28年度1月1日時点で住民税非課税であってもこれは支給されない

人員削減の中で、人手が足りないところにバラマキ事業を押し付けてきて、いつまでにやれという注文までつけるとは腹立たしい限りです。

そして昨日、28年度の国民健康保険など特別会計と条例案について委員会審査・採決をしました。
国保会計は28年度末で基金が枯渇する見込です。賦課限度額を引上げる条例改正案も審査しましたが、それをやっても焼け石に水。市が保険者ですが、国の制度ですから、亀岡市独自の努力ではどうにもならないところがあります。
つくづく思うのですが、バラマキ事業をやる金があるなら、国がやるべき事業をきちんとやってほしい。

しかし、残念ながら、バラマキは効果があると思われてしまっているのですよね。
こんな給付金事業で票が買えると思ったら大間違いであることをしっかりと見せていきたいものです。

年齢別投票率

亀岡市では選挙の際の投票状況を、性別、地区別(投票区別)に公開しています。

開票日当日にはホームページに公開されているのですが・・・年齢別の投票率はわかりません。

若い世代の投票率が低いと言われていますが、亀岡での状況も公開していただければ、意識が高まるのではないでしょうか。公開するだけで投票率が上がるとは思いませんが、ターゲットごとの啓発を検討する際にもそのような情報は役立つのではないかと思います。

当然、内部では把握しているでしょうから、それを過去の分もまとめて公開してもらえないかな、と選挙管理委員会に今後の考え方を聞きに行ってきました。

すると、予想に反して、年齢別の投票率は手作業で集計していくしかなく、これまでの数字をポン、と出せるようなものではないそうです。

ええっ。性別、地域別まで出しているんだから、+年齢別も自動化できる作業じゃないの??

・・・それじゃ、年齢別投票率を公表している他の自治体は、毎回手作業でそれを出しているということ??

これは予想外でした。他に方法がありそうな気もしますが、現時点で公開を求めた場合に手作業で出してもらうことになるとしたら、コストがかかりすぎです。気軽にお願い出来ることではありませんし、まず効率的な方法をまず考えていただきたいです。検討してみてどうしても、効率的な方法がないのであれば敢えて亀岡市独自に調査することはないかもしれません。

しかし、全国の状況とそう変わらないであろうという仮定で、総務省が6月に公表した投票率の資料から、これまでとは違った対策を立てることはできると思います。(それが奏功したかを検証するためにはやはり、市のデータがあるに越したことはないのですが・・・)

私は、投票率さえ上がればいいとも思いませんので、コストをかけるなら次世代への教育に優先順位をおきたいです。これからの有権者である子供達に参政権の意義やその行使の際の考え方について、しっかりと教育していくことで、変わっていけるかなという希望を持っています。18歳選挙権導入を受けて高校でカリキュラムを、という話もありますが、そうではなく義務教育で。

 

 

大人の責任

市長選挙の結果、桂川候補が当選されました。

投票率は44.45%。予想より高かったという方も、まだまだ低い!という方もいらっしゃいました。

投票率はこれぐらいになるだろう、という予想と、目指したい投票率とは違うだろうなと思います。高い、低いの感想が分かれるのは、予想より高かったかもしれないけれど、目標よりは低かった、ということだと思います。

亀岡市投票率の推移投票に行かなかった人はどう思っていたんだろうね。。

と、小学生に聞いてみたら、
「うっさいな、どうでもいいわ、と思ってたんじゃない?」
と。
悲しいけど、そうかもしれません。

確かに、そういう声も身近で聞きました・・・。

他にも、

2択しかなくて自分の考えにピッタリ合わなかったから、とか、行かなくても当選するのはどちらかわかっていたから、という声もありましたが、それも棄権する理由にならないと思うんですよね・・・

自分はどう考えて、どちらを選ぶのか、ということをしっかり投票行動として表していかないと市政はよくなりません。

子供に選挙啓発のポスターや標語をつくらせる、というのがどこのまちでも恒例のようになっていますが、

子供は投票できないのに。
投票する権利のある大人達の過半数が、投票に行かなかった。

大人もわかっていない一票の権利行使の価値を子供に書かせておいて、挙げ句、大人達が無視。

そして、今年も選挙啓発の標語は募集されています。亀岡市では、明るい選挙啓発作品展を例年12月に開催しています。

しかし、ただポスターや標語を書きなさい、ということを漫然と続けていても、かえって教育上よろしくないので、なぜ参政権を行使することが大切なのか、なぜこのような啓発が必要な状況になっているのか、子供が啓発を担う意味は何なのか、説明した上でやってほしいと思います。

要る要らない以前にダメ

スタジアムについて、両陣営からいろいろな声が聞こえてきます。

市民が望んでいるのかいないのか、
市はどこまで負担することになるのか、
税収アップして投資を回収できるようになるのか、
どんな素晴らしい活用が考えられているのか、
水害はひどくなるのか、アユモドキは守れるのか、
大切な水源は汚染されるのか、

いずれにも、そのことについて正確な記述もあれば、誤解を招く表現もあります。

で、それぞれの主張について、一体何が本当なの?
勝手に言ってるだけじゃないの?根拠は何?
どこを見ればわかるの?
と思って調べようとした方はいらっしゃるでしょうか。

府議会・市議会の会議録や市のホームページを見て、何がどこまで公式に言われていることなのかを確認することはできても、それらスタジアムについての疑問をまとめて解消できる情報がなかったのではないでしょうか。
散在する資料を寄せ集めて、なんとか正確に全容を捉えようとしても捉えきれないスタジアムプロジェクト。これに亀岡の未来を賭けようとしているのです。

これこそが、メリット、デメリットの前にスタジアムがダメな理由です。

大きな買い物をするときは、よさそう、と目を向けることがあっても、買うまでに吟味を重ねるはずです。吟味の結果、他のことを我慢してでも手に入れるべきものだと判断した場合、影響を受ける家族にその必要性をわかってもらうために説明をするのではないでしょうか。生活に余裕がないときには、小さな買い物でも本当に必要かどうか、それを買ったら他のものが買えなくなって困らないか、よく考えるでしょう。いよいよ切り詰めなければならないとなってくれば、長年楽しみにしてきた雑誌も定期購読を続けるべきかどうか検討したりもします。

亀岡はいま、長年続いてきた当たり前のサービスもゼロベースで見直すべき状況にあります。

何となくよさそう、と思ったことに手を伸ばして失敗しても、気にせず次の買い物ができたゆとりある時代は終わりました。二度と同じ失敗を繰り返すわけにはいかないのです。

だから、根拠に基づく政策立案をしなければならないし、大きな投資については市民参画のもとで決定していかなければならないと思います。それが、これからのまちづくりに最も必要なことです。

スタジアムだけではありません。

繰り返しになりますが、スタジアムはひとつの例題です。解法が間違っていても答えが合えばいいのではありません。これからも大きな課題が出てくることでしょう。それを乗り越えていくためには、市民が政治家に対して事業を求めるのではなく、公平公正な行政運営と根拠に基づく政策立案という、当たり前のことをしっかりやるように求めていくしかありません。

2人の候補者がまちをあるき、丁寧に聞き取ってきた市民の声が、それぞれのマニフェストに表れているのです。であれば、市民ひとりひとりの意識によって、亀岡の未来は形作られていくのだと思います。

11月1日亀岡市長選挙

11月1日投開票の亀岡市長選挙に、桂川たかひろさんと高向きちろうさんの2名が立候補されています。

もう期日前投票も始まっていますが、市民の皆様は選挙について身近な人とどれぐらい話をしているでしょうか。

桂川たかひろ候補のホームページ

高向きちろう候補のホームページ

市長候補がホームページで発信していることは、この亀岡では今までになかったことです。いずれも、冊子よりも詳しく考え方を書かれていたり、演説会の予定を公開されたりしていますが、それでも判断が難しいという市民の声があります。

候補者がもっとたくさんの発信をすれば、自信を持って判断できるようになるのかというと、そうではないと思います。1人で、両候補者の主張を見比べて考えていても、なかなか見極めがつかないでしょう。

私は、両候補者の発信を見て、市民同士あれこれ言えたらいいなと思います。そうすることによって、自分の認識を新たにしたり、更に候補者に確かめてみたいことが明らかになったりするものではないでしょうか。

この厳しい時代に、市長選に立候補するということは大変な覚悟がいります。それぞれの信念をもって立候補された両者に対する敬意も忘れてはなりません。

考え方が違うことに意味があるので、自分と違う考え方の人に目もくれず切り捨てたり、感情的に批判したりしては視野は広がりません。

なぜか政治家に対しては、一般常識として守るべき礼儀すら無視して無礼な言動をとる方もいらっしゃいます。しかし、政治家が示している考え方には絶対正解というものなどあるはずもありません。それに対して自分はどう考えるのか、ということが問われているのだと思います。

両候補者の考えを見比べて評論しているだけでは考えは深まりません。この市長選は、自分がまちづくりをどう考えるのかを身近な人と話し合うよい機会です。

スタジアムを止めるということ

今回の市長選では、スタジアムが争点だと言われています。

高向きちろう候補はスタジアムを止めるという考えです。

スタジアムに反対する理由を高向候補はホームページにまとめています。

そこに書かれているスタジアムの不安材料は、もっともだと思えるものもあれば、そこまで表現すると正確さが損なわれるのではないかというものもありますが、とにかく具体的です。

そういった不安に答えられない以上、スタジアムは建設すべきではない、ということなのでしょう。

私も様々な観点からスタジアムのメリット・デメリットが明らかにされるように調査・質疑等を行ってきましたが、未だにプロジェクトの全容がわかりません。亀岡のまちづくりになくてはならないスタジアムだという根拠が説明されず、指摘されている大きな不安を解消できる材料もない。ですから、このような状況で巨額の投資をするなど到底認められないというのが私の考えです。

しかし、市長であれば、これまで明らかにされてこなかった情報を全て掌握できますから、それを市民に公開して、まちづくりを共に考え直そう、ということができるようになります。スタジアムは亀岡の希望の光、と謳われてきており、市議会は早期建設を求める請願を採択しました。それを市長となって覆すのであれば、推進を期待している方との対話も必要になってくるでしょう。それをしなければ、スタジアムは止めることができても、市民とともに歩む市政は実現できません。

スタジアムという大きな課題に関心を持っていただくためには、そのプロジェクトにどのような問題があるかについて具体的に発信することも大切です。しかし、各論以前の問題をどう取り扱うかにもっと注目したいと思います。私は、スタジアムという亀岡の未来を大きく変えるような事業について、市民が考えられるだけの情報が出されていないことや、その是非について市民的議論を喚起するどころか議会でも議論されていないこと、推進すべき根拠が不明確なまま動き出してしまっていることが最大の問題だと考えます。

高向候補は「スタジアム中止で余計な出費を抑えることができるので、市民生活優先の予算配分に組み替えます。」と主張されています。

その、「市民生活優先の予算配分」とは何でしょうか。スタジアムをやめれば、スタジアム建設によって新たに発生するリスクはなくなるでしょうが、それ以外の亀岡市の課題はそのまま存在し続けます。水害対策や交通渋滞、アユモドキの保全に限らず。

なのに、なぜ今、スタジアムは止めると言うと同時に

「かねてより望まれている700人規模の音楽ホールを、運動公園エリアに、ぬくもりのある地元産木材による木造建築でつくり、市民の文化醸成、発信の中心に位置付けます。」

と言えるのかがわかりません。

限られた資源をどこに配分するのか。特に公共施設等については、これから亀岡がサービスの質を保ちつつ維持していけるだけの量を、市民と合意形成を計りながら全体のバランスをみて決めていかなくてはなりません。その総合管理計画をつくるという一大事業を控えているのです。

スタジアムに限らず、大きな投資については、亀岡市の体力と投資効果を見極めつつ、その情報を広く市民に発信し、意見を聞きながらまちづくりを進めるように求めたいと思います。

 

スタジアムを推進するということ

今回の市長選では、スタジアムが争点だと言われています。

桂川たかひろ候補はスタジアムを推進する考えです。

スタジアムも公園も、市民にとって有益であり、ムダづかいではない、と主張されています。

どの手法を取りたいかという考えの違いはさておき、ムダかどうかを判断するための一応の基準があり、それをクリアしていなければ補助金も出ませんし、まったくのムダ遣いには税金を投入できません。

しかし、ムダではなくても、いま、それを優先するべきか、ですね。

他にやるべきこともたくさんあるけれど、スタジアムをまず成功させて、活性化の起爆剤とするのだ、という判断もアリでしょう。ただ、その判断は慎重に吟味した結果なのか。だとすれば、何を根拠に吟味したのか、リスクについてもどのように検討されたのかという意思形成過程を市民に明らかにすべきです。

ハコモノをまちづくりの起爆剤にしようとして散々失敗してきた過去の事例と今回とがどう違うのか。にぎわい創出することで、市民の暮らしにどう還元されるのか。漠然とうまくいく、ではなくて、数字をもとに考えられているでしょうか。議会にも明らかにされないプロジェクトの全容を市長として掌握したとき愕然とするという可能性もありますが、それでも進めると言い続けられるでしょうか。

限りある資源の中で、スタジアムを優先するということは他のことは劣後させる、ということを意味しているのです。そのことについて、市民に覚悟が求められているのです。

わかっているのでしょうか。

もし、そのあたりが曖昧なまま何となく賛同している市民は要注意です。あとから、こんなはずではなかった、と政治家を責める資格はありません。

財政状況はますます厳しさを増していく時代、スタジアムはひとつの例題です。大きなまちの課題については、自分で考えなくてはなりません。候補者はそれぞれ、スタジアム推進、反対、と両極の考えを示していますが、いずれに対しても、市民がその内容を判断するための情報と市民的議論の場を求めていくことが大切だと思います。

 

選挙の争点はスタジアム??

取捨選択の「捨」も見ていく必要があると書きましたが、なにをやめるのか、ということについて1点だけ言われていることがあります。

「駅北スタジアムと駅北埋めたてによる開発認可は白紙撤回」という高向候補の主張です。

そして、高向候補はスタジアムに反対の理由をまとめています。

対して、桂川候補の目指すものは、「亀岡まるごとスタジアム構想」

さらに、桂川候補は、スタジアムは、「決してハコモノに対する無駄遣いでありません。」と説明されています。

しかし、これまでの自分の活動から感じていることは、なぜスタジアムを白紙撤回すべきなのか、あるいは、推進すべきなのか、ということについて議会も市民も十分にその根拠となる情報を吟味できる状態にないということです。

スタジアムがあるかないかで、未来の亀岡市の姿は大きく違ってくるでしょう。なのに、意外と思われるかもしれませんが、議会ですら、その是非について正面から議論したことがないのです。

両候補者ともに、候補者の段階では、行政の持っている情報を全て掌握していないことについては市民と同じ立場です。

であれば、いずれにしても市長に就任後、スタジアムついてやるべきことは、市長として掌握したプロジェクトの全容を市民に明らかにして、本当にここに優先的に税を投入すべきなのか、スタジアム中心のまちづくりを進めるべきなのかを共に考えることではないかと思います。

スタジアムに関する最大の問題は、まちの命運を左右するような大事業について、そのようなプロセスが無視されていることです。

スタジアム誘致を求める署名が56000筆も集まったとのことですが、実際、誘致が決まっても盛り上がりが見えてこない。

一方、住民投票で市民の意見を聴いてほしいという直接請求が成立しましたが、これは議会で否決されて実現せず。

行政の持っている情報を市民にも出して、市民目線でまちづくりをしていく、と両候補者は考えているようですから、まず、スタジアムについてそれを実践していただきたいと思います。

取捨選択の「捨」

この時代にあわせて新たな市民ニーズが生まれてきています。

そこで、両候補者の政策の中の、推進したい事業項目にも自然と共通する表現が見られます。

現時点では、こういうことをやりたい、という思いがあることはわかればいいのかもしれませんが、それは現在の市民サービスにプラスして、他のこともやる、という約束ではありません。

理念や方向性を示す政策だけではなく、具体的な事業を掲げてこそ有権者に関心を持ってもらえるものなのかもしれません。しかし、掲げた政策の実現のためにそういう事業を選択するといえるためには、他と比べての優先順位をつける必要があるわけですから、本当は候補者の時点で掌握している情報だけを根拠にしては、実現を目指しますとさえ言える「事業」はないと思います。

やりたい、と宣言されたことの裏側には、それに劣後するたくさんの事業があるので、有権者はそのことも意識しておく必要があると思います。

現市政でも、できるのであれば、もっとやりたい事業がたくさんあったはずです。しかし、非常に厳しい財政状況の中で、取捨選択が必要とわかっていても、「捨」はなかなかできません。サービスはふくれていき、新しい事業もままならないのが現実です。

28年度の予算編成方針でも、基本的に新しい事業はしないとされています。

まずはスクラップが必要です。

具体的に、そのスクラップをどのようにしていくのか、新しい事業のための財源をどのように生み出すのかというところに、手腕が期待されます。

選挙の際には何を新たにやっていくのか、何を拡充していくのかにフォーカスされがちですが、本当は、ふくれあがったサービスを整理して、まずは身動きが取れる状態にするのが先です。いま、亀岡市が自由に使えるお金はそう多くはありません。その肝心なことがあまり説明されていないのは残念です。

両候補者がやる、と掲げていることをやるためには、必ず取捨選択の「捨」があります。

新しいことをしようとすれば、それを求めていた市民は喜びます。ただし、費用がかかります。必要な費用はどれぐらいなのか、かける費用に見合った効果があるのか、次世代の負担についても考えなくてはなりません。

また、市民に求められている全ての事業を実現することはできません。どう整理するか。今あるものをやめる、今後に期待されていたものをあきらめるという場合、それを求めていた市民は残念に思います。優先順位の高い事業を守るために整理が必要なのだと理解されなければ、受入れられないでしょう。

新しくやるのも、やめるのも、独断で進めるのではなく、それを求めている市民や直接利益を享受しない市民と丁寧に話をしていかなくてはなりません。当選したからといって自分の選挙時の主張の全てについて民意を得たものであると傲慢に進めるようなことがないように期待します。

両候補者ともに、市民の声に耳を傾けて市民とともに市政運営をしていこうという姿勢を示されています。時間のかかることですが、その困難なプロセスに多様な立場から市民が関わっていくことで、ようやく新たな道が開けてくるのだと思います。