要る要らない以前にダメ

スタジアムについて、両陣営からいろいろな声が聞こえてきます。

市民が望んでいるのかいないのか、
市はどこまで負担することになるのか、
税収アップして投資を回収できるようになるのか、
どんな素晴らしい活用が考えられているのか、
水害はひどくなるのか、アユモドキは守れるのか、
大切な水源は汚染されるのか、

いずれにも、そのことについて正確な記述もあれば、誤解を招く表現もあります。

で、それぞれの主張について、一体何が本当なの?
勝手に言ってるだけじゃないの?根拠は何?
どこを見ればわかるの?
と思って調べようとした方はいらっしゃるでしょうか。

府議会・市議会の会議録や市のホームページを見て、何がどこまで公式に言われていることなのかを確認することはできても、それらスタジアムについての疑問をまとめて解消できる情報がなかったのではないでしょうか。
散在する資料を寄せ集めて、なんとか正確に全容を捉えようとしても捉えきれないスタジアムプロジェクト。これに亀岡の未来を賭けようとしているのです。

これこそが、メリット、デメリットの前にスタジアムがダメな理由です。

大きな買い物をするときは、よさそう、と目を向けることがあっても、買うまでに吟味を重ねるはずです。吟味の結果、他のことを我慢してでも手に入れるべきものだと判断した場合、影響を受ける家族にその必要性をわかってもらうために説明をするのではないでしょうか。生活に余裕がないときには、小さな買い物でも本当に必要かどうか、それを買ったら他のものが買えなくなって困らないか、よく考えるでしょう。いよいよ切り詰めなければならないとなってくれば、長年楽しみにしてきた雑誌も定期購読を続けるべきかどうか検討したりもします。

亀岡はいま、長年続いてきた当たり前のサービスもゼロベースで見直すべき状況にあります。

何となくよさそう、と思ったことに手を伸ばして失敗しても、気にせず次の買い物ができたゆとりある時代は終わりました。二度と同じ失敗を繰り返すわけにはいかないのです。

だから、根拠に基づく政策立案をしなければならないし、大きな投資については市民参画のもとで決定していかなければならないと思います。それが、これからのまちづくりに最も必要なことです。

スタジアムだけではありません。

繰り返しになりますが、スタジアムはひとつの例題です。解法が間違っていても答えが合えばいいのではありません。これからも大きな課題が出てくることでしょう。それを乗り越えていくためには、市民が政治家に対して事業を求めるのではなく、公平公正な行政運営と根拠に基づく政策立案という、当たり前のことをしっかりやるように求めていくしかありません。

2人の候補者がまちをあるき、丁寧に聞き取ってきた市民の声が、それぞれのマニフェストに表れているのです。であれば、市民ひとりひとりの意識によって、亀岡の未来は形作られていくのだと思います。

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