取捨選択の「捨」

この時代にあわせて新たな市民ニーズが生まれてきています。

そこで、両候補者の政策の中の、推進したい事業項目にも自然と共通する表現が見られます。

現時点では、こういうことをやりたい、という思いがあることはわかればいいのかもしれませんが、それは現在の市民サービスにプラスして、他のこともやる、という約束ではありません。

理念や方向性を示す政策だけではなく、具体的な事業を掲げてこそ有権者に関心を持ってもらえるものなのかもしれません。しかし、掲げた政策の実現のためにそういう事業を選択するといえるためには、他と比べての優先順位をつける必要があるわけですから、本当は候補者の時点で掌握している情報だけを根拠にしては、実現を目指しますとさえ言える「事業」はないと思います。

やりたい、と宣言されたことの裏側には、それに劣後するたくさんの事業があるので、有権者はそのことも意識しておく必要があると思います。

現市政でも、できるのであれば、もっとやりたい事業がたくさんあったはずです。しかし、非常に厳しい財政状況の中で、取捨選択が必要とわかっていても、「捨」はなかなかできません。サービスはふくれていき、新しい事業もままならないのが現実です。

28年度の予算編成方針でも、基本的に新しい事業はしないとされています。

まずはスクラップが必要です。

具体的に、そのスクラップをどのようにしていくのか、新しい事業のための財源をどのように生み出すのかというところに、手腕が期待されます。

選挙の際には何を新たにやっていくのか、何を拡充していくのかにフォーカスされがちですが、本当は、ふくれあがったサービスを整理して、まずは身動きが取れる状態にするのが先です。いま、亀岡市が自由に使えるお金はそう多くはありません。その肝心なことがあまり説明されていないのは残念です。

両候補者がやる、と掲げていることをやるためには、必ず取捨選択の「捨」があります。

新しいことをしようとすれば、それを求めていた市民は喜びます。ただし、費用がかかります。必要な費用はどれぐらいなのか、かける費用に見合った効果があるのか、次世代の負担についても考えなくてはなりません。

また、市民に求められている全ての事業を実現することはできません。どう整理するか。今あるものをやめる、今後に期待されていたものをあきらめるという場合、それを求めていた市民は残念に思います。優先順位の高い事業を守るために整理が必要なのだと理解されなければ、受入れられないでしょう。

新しくやるのも、やめるのも、独断で進めるのではなく、それを求めている市民や直接利益を享受しない市民と丁寧に話をしていかなくてはなりません。当選したからといって自分の選挙時の主張の全てについて民意を得たものであると傲慢に進めるようなことがないように期待します。

両候補者ともに、市民の声に耳を傾けて市民とともに市政運営をしていこうという姿勢を示されています。時間のかかることですが、その困難なプロセスに多様な立場から市民が関わっていくことで、ようやく新たな道が開けてくるのだと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です