小規模多機能自治に学ぶ、新たな地縁組織のあり方

7月7日、小規模多機能自治に学ぶ、新たな地縁組織のあり方について、きょうとNPOセンター主催の勉強会に参加してきました。

島根県雲南市、兵庫県朝来市、三重県伊賀市における事例発表では、さまざまな取組が紹介されました。

しかし。

なぜそれが可能になったのかという根本は、いずれも合併協議の中で新しい市の将来の姿を侃々諤々話し合う中で、2025年問題への対応など、やがてくる厳しい状況を共有して、いま、なんとかしなければ、みんなでこれをやっていこう、というコミットメントがされたからです。事例だけ学んで形を真似ても決してうまく行きません。

既存の自治会組織等の地縁組織もありながら、新しい道を模索する。勝手に新しいシステムを押し付けるのではなく、住民が主体となって参画する。

そういうことを、合併という大きな転機を捉えてスタートさせたから今がある。

年に500人ずつ人口が減っている亀岡市は、リーダーが問題提起してやっていかないと、ゆでガエルになってしまいますね。新しい地域コミュニティの基盤づくり、もう始めていかなければ間に合いません。

以下に、小規模多機能自治とは何かについて、勉強会で学んだことをまとめておきます。

小規模ながらも(=おおむね(小)学校区域)
様々な機能を持った、(=他分野を統合的に)
住民自治の仕組み(=住民主体で)

です。

特徴:
協働の仕組み
従来の自治の考え方とは違うところは・・・多様な市民がいるので、ひとりひとりの力を活かそうという考え方です。これからの人口減少の時代には必要ですね。

戦前は、そもそも自分たちの身の回りのことを自分たちでする、ということが普通だったけれど、高度経済成長時代に廃れてしまいました。その自治の原点を取り戻す仕組みでもあります。

自治体が住民に権限を委譲して、住民の力を発揮していこう。という人口減・少子高齢化に対応しようとするもので、仕組みとしては全域を対象。

人口減少・少子高齢化は地域社会崩壊の危機を招きます。

人口が5人に4人に減った場合、ネットワークの数が
5人の場合は10通り、4人に減れば6通りになる。
つまり、人口が2割減れば、ネットワークは4割減少するということ。
人口の減少が、単に人の数が減るだけでなく、人と人とのつながりを希薄にします。

自助、共助、公助といいますが、昔と状況が変わってきていて、

自助は、核家族化、価値観の多様化、個人中心の考え方が浸透している。

共助と言う部分では、人口が減ってくれば地域の絆が希薄になってくる。世帯数の減少、独居高齢者等の増、子どもの減少、小学校の統廃合が進む・・

公助。どこも財政難。社会保障費は右肩上がりに上がり続けている。

それに備えるために何かしなければならない・・・自助、共助、公助力、それぞれの特性を活かしていく必要があります。

それぞれの特性に応じた役割の発揮が必要で、補完性の原則ということが言われますが、それらは分離して補完し合っているのではなく重層的になっているものです。小規模多機能自治の補完性の原則の考え方では、個人が優先です。
住民(個人)を最大限に尊重し、個々の才能を最大現に引き出すことにより、大きな力を発揮しようとするもの。

その反対の考え方が、中央集権型。住民<地方<国。

補完性の原則に基づく優先度は、自助>共助>公助が重層的になっている。分離しているのではなく、重なり合っている。

一般的な基本構造は、

いわゆる自治基本条例で「協働」姿勢を明確にする。
そして、計画、要綱、指針等で、自治体内分権の仕組みを整える。

・住民による組織化を促す。
・拠点施設を準備する
・包括財源、人的支援体制を整える
*従来だと補助金型で、何かをしたいのでそれに対して交付する、という仕組みだったが、一定の財源を交付して、そのなかで自由な裁量を持って使っていただくという交付をする。
・行政からは人的な支援をする、

というのが一般的な仕組み。

地域における総力の結集をします。

それぞれの地域には目的型の組織(消防団、営農組織、文化サークル)などがあります。または、PTA、女性グループ、高齢者の会、などの属性型組織もある。従来の、自治会、町内会という地縁型組織もあります。

地縁型の従来の組織でいけないわけではなく、これまでも、これからも必要ですが、概ね小学校区域で広域的な地縁組織に再編しようという仕組みです。

特徴的な考え方は、1世帯1票制ではなく、1人1票制。
従来は、世帯主があつまって・・だったけれど、市民ひとりひとりの力を活かすために、それぞれの立場から意見を言えるようにします。

たとえば自治会は女性の参画率が低い。属性型の意見だけでなく、目的型組織からの意見などを、地域全体で出し合って、考えていこうと言うのが小規模多機能自治。

・・・というお話を聞いてきました。

目的も見失ってしまったような決まりきった行事を毎年繰り返すのではなく、課題解決型の活動をしていく必要があるというのは、常々思っているところですが、これまで通りのやり方を変えるのは本当に並大抵のことではありません。負担を感じつつも頑張って伝統的イベントを支えている関係者ですら、もっとこうしたらいいのにな、と思っても変えられないことが多い。

また、このままの組織では、地域の人たちからの声を幅広く集められないし、地域を代表して行政機関や他の団体と話し合うことも難しい。だけど、ドラスティックに変えていくだけのきっかけがない。

切迫した状況になるまでそのままにしておいて身動きが取れなくなってから慌てるのでは間に合いません。

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