根拠はないけど任せとけ!

3月定例会のすべての一般質問が終わりました。

それで明らかになったことは、スタジアム建設によるあらゆる課題を解決できるような対応策・・・ではなくて、根拠はないけど任せとけ!という市の考え方でした。

治水・・・体積が変わらないのだから遊水機能は損なわれない。そのことがなぜわかってもらえないのか。スタジアムよって治水安全度が低下することはない。(向上することもないが)桂川改修とスタジアムは別のもの。

環境・・・アユモドキについては地元で懸命に保全してきたという流れがある。意見を言ってくる団体はそのことを知らないし、魚類の専門ではないところもある。専門家会議の意見を聞きながら影響が出ないように進めていく。

交通・・・ほとんどは電車でくるのでダイジョウブ。車で来る人も亀岡インター、大井インターから降りて大きな道路を通るように誘導するのでそんなに心配はいらない。そんな心配しなければいけないほど人が来るといい。

地下水源・・・影響がでないようにするのでダイジョウブ。心配いただかなくて結構です!

えー・・・根拠が全くわからないんですが。勝手にダイジョウブと思っているだけでは困ります。

高水敷の土を盛って工事するので体積が変わらないという机上の計算だけで安全がいえるのか。治水安全度が低下しないようにというのは当然のことながら、今でも水害の起きる場所になぜ公園を作るのか。

環境面では、「見過ごしにできないほど内容に乏しい保全策」と魚類学会からもいわれている。これでは話にならないと言われているわけですが、対外的に説明のつく保全策を示すのは亀岡市の責任(京都府の公式記録より)。スタジアム建設事業は京都府では事前評価も受けていない。外部からの声を無視していては事前評価で望む結果は得られないのでは。

交通問題は、道路網全体の見直しが必要ではないか。9,000人もの集客を見込みながらスタジアムの存在を想定していない都市計画マスタープランのままでは混乱は避けられないのでは。(H23年度の調査委託報告書では試合による動員は平均15,000人と見積もっていた)

水源については、影響が出ないように気をつける、では済まなくて、地下水は非常にデリケート。取り返しのつかない影響が出る可能性があるものについては触らないのが原則ではないか。

しかし、こういった市民生活への影響を質問しても根拠のある答えは返ってきません。

これらをどう解決するのか客観的事実を示していただきたい。計り知れない経済波及効果と言い続けてきたものはようやく計ってみたようですが、これは事業の妥当性を示す根拠にはなりません。市民生活がどのようになるのかをまず明らかにしなければ。

経済効果はそこが明らかになってからの話です。

→何でも完璧にとはいかない。

ことあるごとに、府の計画が明確にならないとわからないことがある、とか、府と連携としてやっていく、と言う亀岡市。水源に影響のでないように工事することについても、府と市の両方でやっていくといいつつ、工事によって影響が出る可能性があるという調査報告は3ヶ月近くも府に知らせないままにしていました。こんな状況で府と連携ができていると思えない。

→何でも完璧にとはいかない。

いえいえ。完璧なんて求めていません。市民生活に重大な影響を及ぼすかも知れないという調査結果が出たら、すぐに府に連絡する、市民にも公開する、という程度のこともできないというのであれば、他はどうなってしまうんでしょうね。

 

One comment

  1. 元亀岡市民J より:

    問題は、近代以前の思考様式なのでは?

    2014年3月5日の朝日新聞に、大阪大学特任准教授の神里達博(かみさとたつひろ)さんの話が載っていました。東日本大震災に関する内容なのですが、その中に、「近代以前の思考様式」についての説明があります。以下、引用。

    「近代以前において、人にできるのは基本的に祈ることだけでした。近代以降も、例えば病人を抱える家族は医者に『お任せします』と言い、治らなくても医者を責めることはなかった。日本ではつい20年ほど前まで、そういう専門家への高い信頼感があった。欧米に比べ、近代以前の思考様式が長く続いていたと言えるかもしれません。」

    3月定例会における、「根拠はないけど任せとけ」的な回答は、「専門家」を信頼しろという、近代以前の思考様式のあらわれだと思います。
    神里准教授によると、阪神大震災のころから、日本も本格的なモダン(近代)に入ってきたそうなのですが、同じ日本でも地域差があるのでしょう。

    すみません。元市民とはいえ、第3者的な書き込みで。

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