市立病院について

亀岡市立病院は、市民のいのちと健康を守る、安全・安心なまちづくりの拠点施設として位置づけられており、高度で良質な医療の提供と、地域医療機関との連携より地域医療の向上に貢献しようとするものであると理解しています。市民に必要とされる病院であり続けるためには効率的な病院経営を行いながら市立病院ならではの存在意義を確保していかなければなりません。

現状の市立病院は3〜5億の公金を投入する価値があると市民に思われているのかどうか、私は少々疑問に感じております。
市民が必要なときに必要な医療を受けられるように地域医療環境を守っていかなくてはならないとは思いますが、そのことと市立病院が自治体病院としての存在意義を発揮できているかとは別問題で。
続けるのであれば、市民満足度を高めていく必要があると思います。
市立病院が果たそうとしている役割が理解されていないせいかもしれないし、そもそも掲げている理念が市民が期待しているものと違っているのかもしれません。

というわけで、市立病院についても質問しました。

市立病院の理念は次の通り。(亀岡市立病院

  • 急性期医療を中心とした適切かつ良質な医療を提供します。
  • 患者さまの権利を尊重し、理解と納得に基づいた患者さま中心の医療を行います。
  • 地域医療機関と連携し、地域に求められる救急医療・高度医療に取り組み地域医療の向上に貢献します。
  • 公共性と経済性を考慮し、市民の理解と信頼を得られる透明性のある病院運営を行います。

理念に掲げている役割をまずしっかりと果たせるようになることが必要で、医師不足が課題であるならば地域の民間病院で出来るような健診や軽症の方はそちらにお任せするなど一次医療との棲み分けをし、医師に過度の負担をかけないようにして、肝心なときに重度の方や急を要する方を診られるようにしておかなくてはいけません。

市立病院は私が所属している環境厚生常任委員会の所管なので、日頃から説明を受ける場面もあるのですが、最大の課題は医師不足でありそれを補うために臨時に来ていただく医師では入院患者を診られないことから入院の受け入れが予定通りできていないということです。

常勤のドクターが予定通り確保できなかった。だから、入院患者が受入れられない。よって予定より医業収入が減った。という説明が補正予算の審議の際にもされていましたが、市立病院はそもそも何のためにあるのか、ということを考えるとこういった説明だけで審議することには若干違和感を覚えるのです。

医師を確保するための主要な努力は、府立医科大の医局にお願いするというもの。特定の診療科には人気のドクターがいて、それが市立病院の強みだとも常任委員会で何度かお聞きしました。その診療科のドクターがこの医療圏域に不足しているので市立病院が重点をおいて取り組んでいる、ということであればわかります。しかし、そうではなしに評判のドクター目当てに患者が集まって外来収入が上がったとしても、それが市民が市立病院に求めている役割を果たしていることになるのかというと、そうではないでしょう。

そこで、市民が市立病院に求めていることと現状に乖離がないか把握する必要があるのではないかと思います。

また、急性期医療を掲げるのであればまずそれが果たされるように医師を確保することを病院側が努力するだけでなく、市民への適正医療の啓発も必要になってきます。本当に必要な公立病院なのであれば、市民が病院を守っていくということが大切です。

市立病院による今の広報紙の内容だけでは私は十分だと思えませんので、その内容をさらに充実させるとともに、亀岡市としてもそのような啓発を行っていくべきではないかと質問しました。

経営効率化も重要課題ではありますが、まずは急性期と高度な医療を必要とする市民にそれを提供できる体制を整えてください。

そして、自治体病院としての特色と同時に、市民にとってもより適切な受診の仕方を発信していっていただきたいと思います。

病院に対して市民から不満を直接伝えられることもあるでしょうが、それを個々に対応していくのではなく、市立病院の広報誌、ホームページ等でもまだ発信に工夫の余地があります。このことについて答弁を求めます。

公金を投入してでも存続させるべき、本当に必要な自治体病院であるならば、市民も病院を守っていこうという意識を持てるはずです。例えば、丹波市にある兵庫県立柏原(かいばら)病院は医師不足で危機的な状況にあったところを、市民の活動によって救われました。これも、市民が病院の意義と置かれている状況を認識するところから始まります。

地域医療を守っていくことは市立病院だけの問題にとどまりませんので、適正受診の啓発については健康福祉部からも答弁をいただきたいと思います。

それに対する答弁の中で健康福祉部はこの課題について積極的に取り組む姿勢を明らかにしました。

広域消防組合H24年一年の状況2市1町の統計、1年間の搬送の54%は軽症の方であったと報告されていて、軽症が半数以上というのは全国的な状況だそうです。それでは救える命が救えなくなるという恐れがありますし、病院側にとっても勤務医の負担になり、医師の不足を招くことになります。

いままでもかかりつけ医の普及に取り組んできたそうですが、思うように成果があがっていないので、今後も行政の立場から医師会や消防署、救急医療機関の協力を得て、市民への啓発を進めていきたいとのことでした。

具体的には、

亀岡市のホームページには救急受診の手引きのようなものがないので、まずは小児救急電話相談事業#8000の紹介。(全国統一番号で府内の小児科の先生、あるいは看護師につながるというもの)このような全国統一の事業などを直ちにホームページで紹介していきたい。

京都府の健康医療よろずネット日本小児科学会のこども医療もそのサイトにリンクできるようにする。

わかりやすいハンドブックの作成も医師会、消防署、救急医療機関の協力をえながら検討する。

とのことでした。

何もかも一度に実現すること無理でしょうけれど、質問の意図を受け止めていただき、できるところから取り組むという姿勢に信頼感を覚えました。

質問は3月14日でしたが、その5日後には「地域医療連携」というページを亀岡市ホームページ内に設置して上記のお知らせが早速掲載されています。

市立病院には年間3〜5億円もの公金を投入しています。しっかりと市民の役に立つ病院であってほしいですし、亀岡市民が必要なときに必要な医療を受けられるように市民自身も適正な受診行動によって地域医療を守っていけるようになればと思います。

今後の課題としては、市立病院に対する市民満足度を測っていく必要があると考えています。

3 comments

  1. 時化田若僧 より:

    「市民病院」というから、「市民のために」あるのかと思っていたが、「患者中心」らしい。
    「〇〇さま」と呼ぶことが、患者中心なのか?
    「〇〇さん」と呼んでもらう方が、どれほど親しみがあって、身近に感じることか。そのあたりから出直すことが必要では?
     経営ですから、公立病院としては、企業利益の追求が主要な目的ではないでしょうが、「患者さま」でなくても、「市民」が、(幸い患者になった経験が皆無に近いので当たっているかどうか不安だが)例えば、気軽に健康相談に訪れることの出来るような処であってはいけないのだろうか?(保健所のしごとか?)
     聞くところによると、機械化(コンピュータ化)されて、カード一枚で処理できるようになっているらしいが、その操作が苦手で、戸惑うお年寄りが多いとか、検診が終わって、清算にのために窓口カウンターへ廻っても、再び待たされる時間が、手作業のときよりも長い(奥の部屋で5、6人?の職員がいて、カウンターに3,4人座っていて、清算のための人が5,6人待っている状況がそのまま10~15分もあるとか、予約制になっても待合席で30分以上も待たされるとか)などと不満もある。医療機関ではつきものだが・・・。
     とはいえ、利益をあげるには、医療を受ける市民の来院が必要なのだろうが、(他に手段があるのかも知れないが)そのためには、少なくとも来院しようとする市民が増えて、来院した市民に満足を与えることが必要なのではないか。不満を抱いたまま、不健康(精神的にも)になるようなら、「二度と行くか!」と思うだろう。
     聞けば、休診日(定休日?)があるらしい。
     官庁みたいなものだから、休日があるのだろうが、(個人医院では、土曜日の午後も受診できるところもあるらしい)「市民」のためにあるのなら、土、日も開院して欲しいものである。どうしても休診すのなら「科」によって、月1,2回とかにすれば、市民も訪れやすいのでは?
     そこで、「医師不足」が問題になるのかも知れないが、病院を創るときから、医師は必要不可欠であることはわかりきったことではないか?いっpなんきぎょうなら、不足はアルバイトやパートで間に合わせることも考えられないでもないが、それでも最初からパートを、などというのは、人間の医療をあつかう病院としては、あまりにもお粗末な考えである。それも、なんとか大学に頼っているとか?
     人材の確保や養育は企業にとって最も重要な問題であることを認識すべきである。
     「市民」が病を抱えて訪れて、それを心身ともに心安らかに癒やしてかえることができ、るような病院ができないものだろうか?
     医学のことなど無知なので、間違ったことを言っているかも・・・。

  2. 酒井あきこ より:

     亀岡市立病院は、市民からの設立希望が強く、議会においても全会一致で設立が決まったという経緯があります。
     しかし、さまざまな病気に対応できるような病院の設立を望んでいた市民の要望どおりにはいかず、わずか100床という中小病院としてしか認可が得られずに設立となりました。
     限られた専門科、医療スタッフでの運用を行っています。経営が大切なのは言うまでもありませんが、設立以前から厳しい経営が予想されたにもかかわらず、設立に至っています。経営のみを重視するのであれば民間の病院でも良いのですが、(むしろ、民間病院になれば、亀岡市に税金も入ります)せっかく市立病院をつくったのですから、みんなに役立つ病院にしなければ意味がありません。
     亀岡市立病院の限られた医療資源の中で、医療の専門性、医師不足、いろいろな問題を考えた上で、どのように市民に役立つ病院にするかについては、議会だけの力でできるものではありません。市民の皆さんにも広く議論に参加していただいて、より良い方向性を探っていくべきだと考えます。

  3. 時化田若僧 より:

    当たり前のことです。
     時間がなかったので割愛しましたが、貴氏のお説の通り、市民が切望して、長い期間をかけて、当時の諸般の事情(南丹HPなど)を考慮しながら実現に漕ぎ着けたのです。しかし、長く架かりすぎたこともあって、実現したときは、市民の熱気も冷めていて、また、期待したものとは異なる内容になってしまったので、もっと積極的に協力しなければならないのに、愚痴ることが先立ってしまっているのです。
     加えて、市民病院の医師が辞めて、医院を開業したことも(やむを得ない事情もあるのでしょうが)病院側にマイナスの影響を与えてしまいました。
    「使門病院なんかにかかっていて大丈夫?」など・・・。
    民間の病院・医院の身近な親切さや丁寧さには、今の状況ではとても追いつけない。市民(患者も含めて)が親しく膝を交えて話し合わなければ、この病院の症状の「恢復」は望めないでしょう。
     本当は、コンピュータ化よりもっと以前に行わなければならない問題だったのですが・・・ここまで症状が悪化すると・・・

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